夜這いとレイプ

日本は男女格差が大きい社会だと言われている。たとえば、伊藤詩織氏がTIME誌の100人に選ばれたことは、日本は男女格差が大きい社会だと、国際社会から認識されていることを示している。この場合の国際社会とは、基本的には西欧諸国であろう。

誤解を恐れずに言えば、日本では、昔からレイプは犯罪だとみなされていなかった。たとえば、夜這いという風習がある。説明するのが難しいのだが、これは今ふうに言えばレイプである。深夜に男が女の寝床に入り込み、事を致す。そこには互いの合意などありえないから、定義の上ではレイプである。では、それが犯罪だとみなされていたかといえば、そうではない。

もちろん、隣の村の男が夜這いを仕掛けてくるからといって、村の男たちがそれを捕まえて、半殺しにする話などもよくあるが、それは法によって裁いているのではなく、私刑に処しているわけである。もともとセックスを法で取り締まることはできないのだから、私刑によって裁くしかない。お互いが合意の上での性交であればレイプではないというが、事を始める前に「このセックスに合意します」などと契約書を書いて、それから致す者などいるはずがない。それでは風情も何もないし、合意をせずに始めるから面白いのではないか。


セックスについて語ることは難しいし、夜這いの話などは、はっきり言ってよく分からない。だが、よく分からないこそセックスなのであって、そこを理屈で割り切ってしまうと、かえってつまらなくなってしまう。戦国時代の宣教師でルイス・フロイスという人がいて、この人が日本史という本を書いている。彼が日本で見聞きしたことを記した本なのだが、その中に日本の風俗について触れている個所がある。それによれば、日本の女性は貞操観念が薄く、多くの男と平気で関係を持つ。また、産んだ子供が邪魔だと思ったら、自分で窒息させて殺してしまう。それが普通なのだという。

おそらくこれは本当のことで、たとえば江戸時代でも、女性が一人旅をしたり、女性だけのグループで旅行をすることもあった。それで安全なのかといえば、そうではなくて、レイプされることもある。だが、旅の恥は掻き捨てということで、あまり気にしていなかったのだという。また歌垣という風習もあって、これは一種のフリーセックスである(網野義彦『日本の歴史をよみなおす』参照)。

これらの例が何を意味しているかというと、日本社会においては、女性の地位はそれほど低くなかったということである。男性が圧倒的に優位な社会においては、レイプは犯罪として取り締まられねばならない。しかし女性の方が優位な社会においては、その持つ意味も自ずと異なってくる。

だからといってレイプが正当化されるわけではないが、現代社会におけるそれとは別のものだと考えたほうがよい。夜這いなどの風習は、レイプを肯定するというよりは、性の自由を保障するものであろう。あるいは、自由な性の発露を肯定するというべきか。セックスを理性によって制御することを拒否するような思想が、そこにはあるのだと思う。


そのような日本の文化が底流にあり、それが現在でも日本社会の中に生き続けている。一方で、日本社会の構造は近代化の過程で大きく変質し、男性が大きな力を持つ社会に変化した。近世・中世の日本社会は、表向きは家父長制をとっていたように見えるが、実態は全く違っていた。女性の持つ力が非常に大きく、妻が夫とは別に財産を持ち、それを使って商売をすることもあった。その場合、夫は妻の財産に対して何の権利もなかった。一言でいえば、女の自由が非常に大きい社会だったのである。

その自由が近代化に伴い制限されてゆくことになり、その過程でセックスの持つ意味も大きく変わらざるをえなかった。しかし、日本社会に通底する性の文化は変化をまぬがれ、その結果、日本社会の構造と、それを律する文化との間にねじれが生まれてしまった。現在の日本社会は、日本本来の文化とは相性が良くない。それを解消するために、文化の方を変えるべきか、それとも日本社会そのものを過去の自由な形に戻すべきか、どちらがよいかは分からない。


私自身は、レイプという言葉が好きではない。夜這いをレイプと呼んでしまうと、日本文化における何か非常に大切なものが損なわれてしまうような気がする。言葉というのは不思議なもので、どういう言葉を使うかということが、その人の心に影響を与えることがある。

レイプという言葉には、非常にザラザラした感じがある。何か冷徹で合理的な響きがある。レイプという言葉そのものが、性を合理的なものとして捉えようとしているように感じる。だからレイプという言葉を使うべきではない、と言えば、私がレイプを肯定しているように聞こえてしまうかもしれない。それも間違いではない。すべてのセックスはレイプだし、そうでなければ面白くない。だから、レイプという言葉を使うこと自体が一種の欺瞞であるように思えてならない。

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