アメリカ大統領選に寄せて

アメリカは土地が広く、資源が豊富で、農業も工業も盛んである。ゆえに、他国と関わらずとも、アメリカだけで自活ができる。そのため国民は、アメリカの利益を追求するために、他国の政治に関わる必要はない、と昔から考えてきた。いわゆるモンロー主義や孤立主義である。トランプの主張するアメリカ・ファーストは、アメリカの古くからの伝統である。

これが変化し始めたのは、第一次大戦のころからであろう。この戦争の講和会議において、アメリカ大統領ウィルソンは、国際連盟の設立を提案した。これが、アメリカが国際政治に関与し始めるきっかけであった。ウィルソンは講和会議で主導的な役割を演じ、アメリカが国際秩序の創造者であることを世界に知らしめた。しかしその後、ウィルソンは国内で求心力を失い、アメリカは結局国際連盟に加入できなかった。ここで彼らは再び自国第一主義に戻るかに見えたが、歴史はそれを許さなかった。

アメリカの国際政治への積極的な関与を決定付けたのは、第二次大戦である。これを機に、彼らは世界の警察を自任するようになった。もともと平和な孤立主義者であったはずの彼らが、どうしてここまで変わってしまったのか。


それを知るためには、太平洋戦争がいかにして始まったのかを理解する必要がある。この戦争は日本の奇襲によって始まったと言われているが、それは表面的な見方にすぎない。実際にはそれ以前から日米の対立は深刻化しており、それが結果として奇襲という形をとっただけである。

日米の対立は、基本的に中国をめぐるものであった。盧溝橋事件によって、日本は中国との武力衝突を始め、その後数年の間に中国の大部分を手中に収めていた。これを受けて、英米政府は危機感を強めていた。このままでは日本が中国を併呑し、巨大なアジア人国家が誕生してしまうかもしれない。そうなれば、アジアにおけるヨーロッパの優位は覆される。それを阻止するために、彼らは行動を始めた。

彼らは様々な方法で中国政府を支援し、また日本への圧力を強めていった。レンドリース法による中華民国への武器の供与や、アメリカ国内の日本資産の凍結、石油禁輸措置など、あらゆる方面から日本を圧迫し、対決姿勢を強めていた。それは明らかに、日本との戦争を視野に入れた行動であった。

だが、誰がそれを許したのだろうか。アメリカ国民の間には、いまだ孤立主義が根強く残っており、太平洋戦争勃発の直前まで、ヨーロッパやアジアの戦争にアメリカが関与すべきではない、と多くの人が考えていた。つまりアメリカ国民は、アメリカ政府が戦争を画策することを許していなかった。アメリカを戦争の危険にさらすような選択を行うことを望んでいなかったのである。しかし、政府は戦争へと舵を切った。その結果が真珠湾である。

誰が戦争を招いたのか。明らかにアメリカ政府である。彼らは戦争を避けようとせず、むしろ積極的に戦争を誘発しようとした。だが、国民はそれを知らなかったし、知っていれば猛反発したであろう。なぜなら、アメリカの利益のために、他国と戦争をする必要はないからである。ゆえに政府は、国民を納得させるために、別の説明を用意せねばならなかった。それは、悪のファシズム国家と戦う正義の国アメリカ、という物語である。この自画像を国民が受け入れたときに、世界の警察というアメリカの自意識が誕生したのである。

第一次大戦のときのウィルソンも、太平洋戦争のときのルーズベルトも、どちらも民主党であった。つまり、世界の警察というアメリカ像は民主党が作り上げたものであり、共和党は孤立主義の立場からそれを批判し続けている。その対立がいま激しさを増しているということは、彼らは、正義の国という長年の夢から覚めようとしてるのかもしれない。実際には、アメリカは正義のために戦ったのではなく、アメリカ自身の利益のために戦っただけである。正義の国は幻にすぎない。民主党はそれを知りながら、あえて嘘をつき続ける道を選んだ。共和党はその嘘を白日の下に晒そうとしている。


太平洋戦争の話に戻ろう。イギリスとアメリカは互いに語らって、アジアにおけるヨーロッパの覇権を維持するために、日本との対決に臨んでいた。イギリスのねらいは明確で、覇権国家としてのプライドを守るためである。では、アメリカのねらいは何だったのか。アメリカはアジアにおいて、イギリスのような権力を有していたわけではない。むしろアメリカは、自国の権力を拡大することを目的にしていた、と考えるべきである。アメリカの支援によって中国が勝利すれば、中国はアメリカに頭が上がらなくなり、属国同然になるだろう。つまり彼らは、イギリスに代わって自分たちがアジアの覇権を握ろうとしていたのである。

彼らは戦争の準備を着々と進めていた。真珠湾に集められたアメリカ軍の艦隊は、準備を完了して開戦の狼煙を待っていた。だがそれは、狼煙というほど生やさしいものではなかった。その一撃で太平洋艦隊は壊滅したのである。同時にアメリカ政府の計画も灰燼に帰した。その後の三年半の戦争は、真珠湾の失敗を取り戻すためだけに費やされたと言ってもよい。

アメリカ海軍が不在の間、日本は大東亜共栄圏を作り上げ、ここにヨーロッパによるアジア支配は終わりを告げた。イギリス帝国は崩壊し、中国は独立してアメリカの手を離れた。連合国は敗北したのである。だが、彼らは高らかに勝利を宣言した。なぜなら彼らは、覇権のために戦ったのではなく、正義のために戦ったからである。それは虚勢にすぎなかったが、代償は高くついた。彼らは世界の秩序を維持するために、自国の軍隊を無償で提供しなければならなくなったのである。

民主党のついた嘘が、アメリカに七十年を超える労役を課した。トランプはその嘘を暴こうとしているが、それが彼の望む結果につながるかどうか、誰にも分からない。

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