日本の戦略

1

 日本政府はアメリカの言いなりになっている、とよく言われる。実際その通りである。それはなぜかといえば、グアムに米軍の基地があるからである。アメリカ政府は、その気になればいつでも日本を空爆できる。ゆえに、日本はアメリカに従わざるをえない。
 サイパンの陥落は、ある意味で日本の降伏以上に重要な出来事であった。この事件が、その後の日本の歴史を決定付けたといってもよい。サイパンをみすみす敵の手に渡した東条英機の罪は、日本史上のどんな罪人よりも重い。日本がサイパンを取り戻すまで、東条は靖国に合祀されるべきではなかった。

 おそらく米軍は、グアムを要塞化し、徹底的に守りを固めているだろう。核攻撃によっても破壊されえないような堅固な地下要塞を作り、大量の武器弾薬や食料を備蓄しているはずである。したがって、力攻めでグアムを落とすことは不可能である。
 しかし幸いグアムに関しては、日本と中国の利害は一致している。ゆえに我々は、アジア諸国の連携のもとで、政治的な力を駆使して、グアムを平和裏に明け渡させねばならない。それができなければ、日本に未来はない。
 沖縄の基地は、グアムと連携して機能するようになっていると思う。バックアップとしてグアムが存在しなければ、沖縄基地が単独で機能することはできない。つまり、グアムを解放することができれば、アメリカは沖縄から撤退せざるをえない、ということである。沖縄の基地問題は枝葉末節にすぎない。本当の問題はグアムである。

 日本人の立場から言えば、マリアナ諸島は存在しないほうがよかった。あそこに島があるということが、日本の戦略を非常に複雑なものにしている。たとえ米軍がグアムから撤退したとしても、彼らが作った要塞はそのまま残されるだろう。それが別の勢力の手に渡ってしまわないように、我々は永遠にグアムを管理し続けなければならなくなる。
 しかし、今は目先のことに集中するべきだろう。我々の基本的な戦略は、グアムを放棄したほうが得だ、とアメリカ人に思い込ませることである。トランプは金の勘定しかできないので、グアムから撤退すれば軍事費が浮き、また東シナ海を通るアメリカ船舶の安全は自衛隊が保証するから、撤退したほうがよい、などと言えば、あっさりグアムを手放すかもしれない。

 注意しておくべきことは、アメリカ人は、ここで述べたようなことに気づいていないだろう、ということである。彼らは、日本は自発的にアメリカに従っているのだ、と思い込んでいる可能性がある。アメリカ人の間抜けさは、我々の想像をはるかに超えている。上手くやれば、グアムをだまし取れるかもしれない。
 我々は、アメリカ政府をだます必要はない。アメリカ国民をだますことができれば、それでよい。アメリカは民主国家なので、政府は民意に逆らえないからである。

 グアムは日本の喉元に突き付けられた匕首である。それがアメリカのものである限り、日本は身動きが取れない。グアムからアメリカ軍を撤退させられるかどうかが、日本の未来を左右するだろう。

2

 石原莞爾は、戦争の発展段階を次のように考えていた。
 まず一次元の戦争がある。これは、戦闘に参加する部隊が横一列に並び、敵を待ち受ける、あるいは敵に向かって前進する、という、古代から近代まで続く伝統的な会戦の方法である。この場合、戦線は一次元の線になる。
 次は、二次元の戦争である。これはゲリラ戦争を思い浮かべてもらうと分かりやすい。はっきりした戦線は形成されず、火器を持った個々の兵が戦闘地域に散開し、戦闘を行う。この場合、戦線は線ではなく、面になる。第二次大戦においては、この形の戦闘が多く見られた。
 石原によれば、この変化は武器の進化によるものである。一次元の戦いは、槍や刀、火縄銃などで戦われるものであった。そのご銃火器の進歩によって、扱いやすい拳銃や機関銃が登場することで、状況は変わった。武器の殺傷力が高くなり、戦列を形成するよりも、個々の兵の判断で戦闘を始めたほうが、効率がよくなったのである。

 こうして一次元から二次元に進化した戦争は、武器の進歩に伴って、さらに高次の領域へと進む。兵隊が空間を自由自在に動き回れるようになったときに、三次元の戦争が実現し、ここで戦争の進化は終わる。
 この戦争の進化の最終段階を、世界最終戦争と呼ぶ。その戦争によって、人類の戦争の歴史は終わる。そして新世界が到来し、真の平和が実現されるのである。
 おそらく、ドローン技術によって実現されつつある次世代の戦争は、石原が予言した最終戦争の形態に近いだろう。戦争に参加するのが、生身の兵隊ではなく機械だという違いはあるが、ドローン戦争はまさに三次元の戦争である。
 石原はさらにこの先に、時間を自由に移動できる四次元の戦争が実現されるかもしれない、ということまで考えていた。これに関しては、彼自身も確信はなかったようだが、彼の戦争論の論理的な帰結として、ありえないとは言えなかった。

3

 日本は中国で殲滅戦をやろうとした。敵の戦闘能力を奪うために、その根拠地である農村を焼き払った。近代的な軍事学の観点からいえば、それは間違いとは言えないだろう。ヨーロッパの兵法は、敵を殲滅することを目的としている。あらゆる手段で敵を弱らせ、軍事力で押し潰せば勝ちであり、それを速やかに達成するための手段を考察することが、近代的な兵法である。日本軍は、それを忠実に実践しただけだと言える。
 一方で、中国共産党のやり方は真逆だった。彼らは農民を傷つけないように気を配り、農作業の手伝いまでした。近代的な兵法のセオリーを無視した振る舞いである。しかし長期的に見れば、彼らのほうが正しかった。短期戦であれば殲滅戦という方法も有効かもしれないが、長期戦の場合には、いかにして味方を増やすか、ということが最も重要になる。少しずつでも味方を増やしてゆくことができれば、長い時間の後には膨大な数の味方が生まれることになる。それが絶対的なアドバンテージとなるのである。

 日中戦争における日本軍の敗北、それに続く国共内戦における共産党の勝利は、近代的な軍事学の誤りを浮き彫りにしたと言える。だが現在の中国指導部は、毛沢東以前の状況に逆戻りしているのではないか。孟子はかつて、仁者敵なしと言った。道徳を実践する者に敵は生まれず、味方ばかりが増えてゆく、という意味である。毛の戦略は孟子のそれであった。彼は、東洋の知恵が西洋の学問よりも優れていることを、身をもって示したのである。
 たとえば独ソ戦では、ドイツとソ連はどちらも殲滅戦を実行した。このような場合、力の優っている方が勝つ。しかし、一方が殲滅戦を志向するのに対し、他方がそれとは反対の戦略をとるならば、必ず後者が勝つ。当時の中国共産党は、ナチスよりもソ連よりも遥かに巨大であった。

 石原莞爾によれば、人類の戦争は短期戦と持久戦に分けられる。短期戦において有利な戦略は、必ずしも持久戦において適切ではない。第二次大戦は持久戦であった。それを短期戦と見誤り、殲滅戦略をとった日本軍は負けた。共産党は戦争の本質を理解していたため、正しい戦略を選ぶことができた。
 では、次の戦争はどのようなものになるか。石原が予想していた世界最終戦争は、まぎれもなく短期決戦型の戦争である。それに臨んで、我々はいかなる戦略をとるべきか。
 ここで、短期戦と持久戦を区別するものは何かといえば、それは火力の大きさである。一回の戦闘で敵軍を壊滅させられるだけの火力がある場合には、戦争は短期決戦の様相を呈する。技術が発達していないなどの理由で、それだけの火力が準備できない場合には、自ずと持久戦になる。世界最終戦争が短期決戦とされていたのは、一都市や一個師団を一瞬で破壊することができるような、新兵器の存在が予想されていたからである。

 石原によれば、短期決戦型の戦争と持久戦争とは、人類の歴史において交互に現れる。よって、第一次大戦が持久戦だったので、その次の戦争は決戦戦争になるはずであった。しかし第二次大戦も持久戦となったので、それは最終戦争ではありえず、第一次大戦と連続したものだったと考えることができる。
 戦艦大和に見られる大艦巨砲主義は、明らかに短期決戦を志向するものであった。だがそれは、第二次大戦の実相からかけ離れていただけでなく、その次に来るべき最終戦争の形態から見ても、不要なものであった。航空戦力と核兵器による殲滅戦争こそが、本来の最終戦争である。

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