貨幣によらない経済学

私は大学で物理学をやっていた。物理学には様々な方程式があり、その解き方を学ばないといけない。だから、計算が得意じゃないと物理学なんてできないだろう、と思われることもあるが、そうでもない。

方程式は、計算のためにあるというよりは、現実に起きていることをイメージするためにある。たとえば、トンビが空から急降下するときに、その速度はどれくらいになるのか。トンビがより高く飛べば、地上まで落ちてきたときの速度はより大きくなるはずである。そういう現実的な諸量の関係を表現したのが方程式であって、逆にいえば、方程式の意味するところを直観的に理解できなければ、物理学が分かっているとは言えない。

さらにいえば、方程式が表現するのは、数と数の関係というよりは、ある数が変化したときに、別の数がどう変化するか、という数の変化の関係である。トンビが一メートル落下したときに、速度がどれだけ変化するか、という変化の割合こそが問題なのであって、絶対値はあまり重要ではない。ある数の変化に伴って、別の数がどう変化するか、ということが方程式の意味することである。


さて、何の話をしたいのかというと、経済学である。経済学では不思議なことに、すべての商品をお金に換算してしまう。これは物理学でいえば、距離と速度と温度をすべて同じ単位で表現するようなもので、全く道理に合わない。たとえば、カボチャの値段とネジの値段が同じだからといって、それらが同一の価値を持つとは言えないだろう。カボチャにはカボチャの使われ方があり、ネジにはネジの使われ方がある。そのため、それぞれの商品が社会の中で果たしている役割も全く違うので、それぞれの商品の値段が変動したときに、社会に引き起こされる変化は全く異なるものになるはずである。

では、カボチャの値段はどうして変化するのか。たとえば、カボチャの収穫量が増えたときには値段が安くなり、減ったときには高くなるはずである。もちろん、他にも様々な要因があるだろうが、それはそれでよい。問題は、カボチャの値段が変化したときに、社会の方でどんな変化が起きるのか、ということである。もしも、その変化を定量的に表現することができたならば、カボチャの収穫量の変化と、社会の変化を直接結び付けることができるのではないだろうか。

私が考えていることは、経済学から貨幣を消去することである。経済学はカボチャを価格に変換し、しかる後、価格の変化が社会に与える影響を考察しようとする。しかし、もしもカボチャの収穫量の変化と、それが社会に与える影響とを直接結び付けるような方程式が見つけられれば、カボチャの価格について考える必要はなくなるのではないか。

もちろん実際の経済学は、そのような問題について考える学問ではないのかもしれない。私は、経済学については素人なのでよく分からないが、それが貨幣の存在に基づくものであることは知っている。だが、貨幣は実在しない。それは一種のフィクションである。ゆえに、貨幣を排除した経済学を考えねばならない。それが、これからの人類の課題だと思う。


このような見方からすると、経済学そのものが一種の錯誤に基づくものだと言える。学者たちは、ものの値段を説明しようとして経済学を作った。どうしてある商品の値段はこれこれで、ある労働者の賃金はこれこれなのか、その価格は何によって決まるのか、どうしてそれがある一定量の貨幣と同等の価値を持ちうるのか、と。

不思議なものである。経済学は、貨幣の価値を認めることから始まる。貨幣に価値があることを認めたうえで、その価値の根拠を尋ねようというのだから、それは自分の足を持ち上げようとするのに等しい。彼は、自分が作り上げた幻想の根拠を求めているのである。

だが、その幻想をそのまま受け入れてしまい、どうすれば貨幣を増やすことができるのか、という方向に進んだ人々もいる。彼らによれば、貨幣を増やすことこそが幸福である。あるいは、貨幣の取引量を増やすことが幸福である。また別の人々は、政治によって経済を制御することを考えた。政府による金融操作が経済にどのような影響を与えるか、どのような操作が好景気をもたらすのか、といった問題を解決しようとした。

では、好景気とは何を意味するのか。それは貨幣の取引量が増加することを意味するのか。どうして貨幣の取引量が増加することが、人間の幸福につながるのか。社会の発展につながるのか。いったい貨幣とは何なのか。

何でもない、ただのフィクションである。ゆえに、あらゆる経済学は無価値である。それは一種の迷信であり、宗教にすぎない。なぜならば、貨幣とは何であるかということを全く説明できないからである。

したがって、我々は貨幣に依存しない経済学を開発しなければならない。あるいは、貨幣を基本的な変数とはしないような経済学、と言ってもよい。それがどういうものであるのか、私にはまだ分からない。

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