西と東

 東北の山は貧しい。西日本の山に入ると、頭の上から鳥の声が聞こえてくる。山の中は生き物の音に満ちている。一方で、東北の山は物音一つしない。ときどき遠くから鳥の声がするくらいで、静かなものである。日本の自然は、西と東ではだいぶ違う。同じ国だとは思えないくらいである。
 私は一時期、浜松にいたことがある。浜松の町を歩いてみて一番驚いたことは、街路樹がクスノキだったことである。東北の人間にとって、クスノキは珍しいものである。大きな公園などに時々生えているくらいで、自生はしない。東京でも、クスノキはそれほど多くはない。それが当たり前のように生えているというのが、私には衝撃だった。
 街路樹といえば、熊野に詣でるために、和歌山の新宮市を訪れたときには驚いた。この町は、街路樹がナギなのである。ナギは針葉樹だが、葉は幅が広い。葉が広い針葉樹というとイチョウが思い浮かぶが、ナギの葉っぱはイチョウよりも肉厚で、存在感がある。熊野神社の御神木でもあり、正確には、神社の参道にナギが植えられていたようである。どこまでも続くナギの並木は壮観であった。これも南方の植物で、東日本には少ない。

 少し愚痴のようにもなるが、熊野の温泉に入ったときに、辟易したことがある。私が湯船に浸かっていると、すぐ隣に別の人が入ってきたのである。東北では、先に人が入っていたら、少し間を空けて入る。関西は、東北よりもパーソナルスペースが狭いようである。おそらく、人口密度の高さがそうさせているのだろう。
 私が泊まったのは川湯温泉だった。名前の通り、河原の砂利の間から、自然に温泉が湧き出している。その湯溜まりのなかに、蚊の死骸がたくさん浮いていた。たぶん炭酸ガスにやられたのだろう。熊野は奇妙な土地である。

 このように自然を眺めてみると、日本は一つの国ではない、ということがよく分かる。この土地に住む人々の絶え間ない努力によって、国のまとまりが保たれているのである。それが和を貴ぶということであろう。

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