ナチスとヴェルサイユ

1

ナチス政権が生まれたのは、ドイツ人が特別に残虐だったからではない。英米仏の愚かさと、ヴェルサイユ条約がヒトラーを生んだのである。

基本的には、ナチズムは間違っていなかった。不条理な国際体制に対する反発という意味でも、強力な国家の建設という意味でも、決して間違いではない。ただ、我々に理解できないのは、彼らが行ったユダヤ人の虐殺と、ロシアとの戦争である。

特に、ロシアとの戦争にどんな意味があったのか、私には全く分からない。ナチスの原点であるヴェルサイユ体制の構築に、ソヴィエトは積極的に関わっていたわけではない。それなのにヒトラーは、むしろイギリスやアメリカに親和的で、ロシアを敵視していた。もちろんそこには、共産主義に内在するユダヤ的な要素が気に入らなかった、という理由もあったのだろう。

しかし、日本人の感覚からすると、ドイツのロシアへの攻勢は不合理としか思えない。むしろロシアと協力して、英米と対決するほうが自然ではないか。ここには、理屈では説明できない動機が隠されているように見える。

2

アングロ・サクソンの操る魔力というのは、おそらく差別の力だろう。ドイツ人は、イギリスやフランスの洗練された文化に対して、下品で野蛮な文化しか持っていないと思わされてきた。そのような英仏への劣等感と憧れが根底にあり、それが、単純な憎しみではない、アンビバレントな感情をドイツ人の中に作り出していた。

たぶんヒトラーは、イギリスに認められたかったのだろう。そのために、自分たちよりも野蛮な相手を見つけ出し、それを征服することで、自らの優秀性を証明しようとしたのではないか。イギリス人はドイツ人を差別し、ドイツ人はさらにユダヤ人やロシア人を差別する、そのような差別の連鎖構造が、ヴェルサイユ体制の本質だったのである。

ゆえに、ユダヤ人虐殺の責任は、ヒトラーだけではなく、ウッドロー・ウィルソンやロイド・ジョージも等しく負わねばならない。あのような大惨事の責任を、ひとりヒトラーにのみ負わせ、それで事足れりとするのは、あまりにも不誠実な態度である。

私が勝手にまとめるならば、ユダヤ人の虐殺は、ヨーロッパ文明の有する暴力性の結果である。ドイツ人だけが特に野蛮だったわけではない。ヨーロッパ文明そのものが野蛮だったのである。

3

また、ナチス・ドイツの行った政策に関して、日本を非難するのは的外れである。

たとえば、日本とイギリスが同盟を結んでいたからといって、イギリス政府の政策すべてに日本政府が同意したことにはならないし、また、イギリス政府の政策決定に日本が関与したことにもならない。ただ、条約が規定する範囲で行動を共にしただけである。

それと同様に、日本がナチス・ドイツと同盟を結んでいたからといって、ドイツ政府の政策決定に日本が関与していたとは言えないし、また、それに対して責任を負うものでもない。三国同盟は基本的に軍事同盟だったのであり、ユダヤ人を虐殺するための同盟ではなかった。

それを知りながらなお、ドイツ政府の政治に関して日本を非難するのであれば、それは恥知らずと言うしかない。

タイトルとURLをコピーしました