南京大虐殺

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一九三八年十月、日本軍が漢口に入城するときに、司令部は各部隊に厳重な注意を与えました。第十一軍司令部「機密作戦日誌」に、次のような記録があります。読みやすさのため、カタカナはひらがなに改めました。

「南京攻略戦に於ける南京城進入の無統制に起因し、進入後幾多の不祥事を発生せしめたる苦き経験に鑑み、武漢進入は不祥事の絶無を期すると共に、諸般に亘り整然且つ円滑を期する為、中支作命第百二十五号及び之に基づく軍参謀長指示を以て、懇切に命令せられたり」
  ―――児島襄『日中戦争 VOL3』文藝春秋、一九八四年 より引用

「中支作命第百二十五号」等の命令は、整然とした軍隊行動を指示し、また、放火や略奪などの不法行為を厳しく禁じる内容でした。

この記録には、南京における不祥事について簡単な言及があります。これに限らず、日本軍の記録の所々に、南京入城の際に、日本兵が起こした事件に関する記述が見られます。その事件は記録の中で、不祥事や、軍紀の乱れといった言葉で表現されています。

日本側の記録を見ただけでも、南京において、日本兵が何らかの事件を起こしたことは明らかです。

しかし、それがどんな事件であったのか、という具体的な記述は、ほとんど残されていません。我々は、そこで何かが起きた、ということを知ることができます。しかし、日本側の記録を見る限りでは、そこで何があったのか、ということを知ることはできません。その部分だけが、まるで消しゴムで消されたかのように、きれいに空白になっています。

ある意味では、それで十分です。そこが空白であるということは、そこに、彼らが消したくなるような何かがあった、ということを我々に知らせます。それが何であったのか、ということを彼らは我々に伝えませんでした。それを知る術は永久に失われているのかもしれません。

しかし、たとえそうだとしても、事実は事実です。それが何であったのか、ということを我々が知らなかったとしても、それは事実です。それを無かったことにはできません。

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しかしながら、南京陥落の責任を日本政府に帰すのは誤りです。南京が陥落したことの責任は、当時、南京を守っていた中国国民政府にあり、日本政府にはありません。中国人の生命に対して責任を負っているのは、中国の政府であって、日本政府ではありません。

たしかに日本兵は南京で悪事をはたらきました。それは、組織的な虐殺行為といったものではなく、個人的な犯罪行為に近いものだったのでしょう。ゆえに、それは、軍隊の内部で裁かれるべき事柄です。他の場所で裁かれるべきではありません。

どんな罪であれ、それを裁くためには規則が必要です。さもなければ、同じ罪によって、同じ人間が何度も裁かれてしまう、ということになりかねません。それはあってはならないことです。

軍人の不法行為は軍隊が処罰するべきです。したがって、日本兵の悪事に対する処罰は、日本軍が行うべきでした。その義務を怠ったことが、日本の落ち度だったと言えるでしょう。当時の日本兵の振る舞いは、ならず者と変わらなかったのかもしれません。

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