権力について

 権力に制限を付けるべきではない。権力は無制限でなければならない。
 能力のある人間に良い仕事をさせるためには、余計な条件を付けるべきではない。そういう人間には、好きにやってもらった方がいい。

 最近の傾向として、何にでも厳しい条件を付けたがる人が多い。多くの労働者を、ある一定のルールに沿って働かせるならば、たしかに仕事の質を保証することはできるかもしれない。最低限これだけの仕事はできる、ということを顧客にアピールしたい場合、そうしたやり方は有効だろう。
 社会的な重要性の低い仕事であれば、それでも良いのかもしれない。しかし政治に関しては、そうしたやり方は不適当である。

 民主主義や立憲主義という政治理念は、権力に制限を付けることを目的としている。それは、これこれの条件のもとで仕事をやりなさい、と、政治家に命令を出そうとするものである。
 もしも、その政治家の人間性が劣悪で、放っておけば滅茶苦茶をやりかねないような人間であれば、何らかの制限を付けた方が、まともな仕事ができるようになるかもしれない。しかし、そういう人間が政治家をやっている時点で、すでにその国は終わっている。

 つまり、権力に制限を付けなければ、まともな仕事ができないような政治家しかいないのであれば、どんな政治制度の下でも、ろくな結果にはならない。ゆえに、権力に制限を付けようとする、いかなる試みも無意味である。民主主義を支持する人間は、政治をなめている。そんなやり方では、まともな政治は期待できない。
 民主主義がまともに機能する国家からは、すでにあらゆる倫理や道徳が失われていると言わざるをえない。そのような、終末の人間が暮らす終末の国家では、民主主義は十全に機能するだろう。たとえばアメリカのように。


 いったい誰が、この世にありながら、正義を求めずにいられようか。いったい誰が、この世にありながら、不正を憎まずにいられようか。あらゆる人間は正義を求めている。我々は、他人の中に存在する、この正義の心を信じなければならない。それが道徳であり、政治の基である。

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