グアムと沖縄

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現在の東アジアの平和を乱す最大の要因は、アメリカの軍事力である。米軍の存在がなくなれば、この地域の政治情勢は多少安定するだろう。ゆえに、我々は、グアムと沖縄からの米軍の撤退を要求するべきである。東アジアの秩序を維持することは、日本の義務である。もしもアメリカが、中国や北朝鮮に喧嘩を売るつもりならば、我々が代わりに受けて立たねばならない。

また、ロシアとの間に軍事同盟を結ぶ必要もあるだろう。日本は、アメリカの核の傘から、ロシアの核の傘へと移行する。いざとなれば、ロシアから核兵器を輸入することもできるかもしれない。さらに、北方領土に自衛隊の基地を作り、ロシア軍との合同演習を始めるべきであろう。

グアムはアジアの一部であり、米軍の存在を許すことはできない。これは、日本とアジア諸国の安全保障に関わることである。

しかし、我々は、アメリカに対して何らかの見返りを与えなければならなくなるだろう。それが何であるのか、今のうちから考えておかねばならない。

2

日本が核兵器を保有する場合、その使用は先制に限るべきである。他国の攻撃に対する報復としての核の使用は、いたずらに被害を大きくするだけで、何の意味もない。そのような、嫌がらせのための兵器の使用は認められない。

相互確証破壊の考え方は、日本に対しては意味をなさない。なぜならば、日本人が戦争に臨んで死を恐れることはないからである。そのことは、アメリカ自身が最もよく知っているはずである。

たとえば、アメリカ本土のミサイル防衛システムを大幅に強化したとして、それでどれだけのミサイルを防ぐことができるのか。百や二百は防ぎきれるだろうか。では、千や万のミサイルが一度に降ってきたとして、それを全て防ぐことができるだろうか。そのうちの一パーセントでも打ち漏らしがあれば、我々の勝ちである。

我々が宣戦布告なしに、アメリカの主要都市に向けて先制核攻撃を行った場合、それを防ぐ手段があるだろうか。報復攻撃によってもそれを抑止できないとしたら、彼らに何ができるのか。しかし、もしも我々が、アメリカ人と共存することはできないと判断したならば、それは現実になるだろう。

アメリカはすでに負けている。現在の世界において、戦争ということはすでに意味を失っているのである。

もちろん、これが上手く行くかどうかは、このような日本の方針が国際社会、とくに中国とロシアの支持を得られるかどうか、という点にかかっている。ミサイルの製造が完了する前に日本の経済が崩壊すれば、日本の負けである。

また、アメリカには先制攻撃を行う能力はない。それは文化の問題である。アメリカ人は、自分たちが被害者でなければならないと考えている。だから、相手が先に手を出すまで、自分からは何もしない。彼らがそうするのは、すべての責任を相手に押し付けるためである。自分では何も決断せず、先に手を挙げる人間が出てくるのをじっと待っている。

アメリカ人は先制攻撃を避ける。それは卑怯で幼稚な行動であり、社会の秩序を乱す非常に危険な思考である。彼らは、戦争の責任を自分で引き受けようとせず、すべて他人のせいにしようとする。そういう無責任な人間は、どんなおかしなことでも平気でやる。全く信用できない人種である。

しかし、もしもアメリカ人が、日本に先制攻撃を仕掛けるだけの度胸を持つならば、それは、彼らが人間として成熟したということであり、それで十分である。そういう人間とは、話し合いが可能である。我々はアメリカ人の成長を望む。そのために必要ならば、核戦争も辞さない。

アメリカ人は、真珠湾における失態をよくよく思い返してみるべきである。次はハワイだけでは済まないだろう。

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