思想法治主義の限界 1 法治主義とは、法によって社会秩序を実現できる、という思想であり、より積極的には、法によってのみそれが可能だ、という思想である。しかしながら法の力には限界がある。なぜならば、「嘘をついてはいけない」という法律を作ることはできないからである。 法律は、すべての人間が正直であることを前提としている。と... 2021.03.09思想仏教思想社会
思想リベラリズムと議論の不毛さについて 「ネットは世の中変えないどころか、むしろ悪くしている」批評家・東浩紀が振り返る ネットコミュニティの10年 —— とすると、もう我々にはネットで議論することは難しいという感じなんでしょうかいまはもう難しいですね。議論というのは本来、論点を抽出して、その勝敗を決めれば誰もが納得する結論が出るというもの... 2021.02.02思想仏教思想
仏教乞食大燈、あるいは天皇と仏陀 むかしどこかの博物館で、白隠の絵を見たことがある。禅に関する絵が多く、厳しい坊さんだったんだな、と感じた。その中に『乞食大燈図』というのがあって、私はこれを見てはじめて大燈国師を知った。国師とは、天皇に仏法の手ほどきをするような、偉い坊さんに与えられる称号である。彼について面白い話が伝わっている。 ... 2021.01.30仏教仏教天皇歴史
仏教三界の狂人(2) 現代人は現実よりも言葉を重んじる。これは貨幣をめぐる問題についても同様である。 貨幣 格差とは何か。格差とは、貨幣の保有量が人によって異なる、ということである。多くの貨幣を保有している人もいれば、少ない貨幣を保有している人もいる。これが格差である。 では、貨幣とは何か。貨幣とは銀だろうか。貨幣とは紙... 2021.01.20仏教仏教心社会
仏教三界の狂人 空海が言ったように、世間の人々はみな狂人である。それはどういうことだろうか。 因果律 簡単に言うと、仏の教えとは因果律である。これを聞くとみな、因果律くらいは知っているという顔をするのだが、全く理解できていない。世間の人は因果律というものを、物理現象を意味するものだと考えているが、それだけでなく、人... 2021.01.18仏教仏教心環境問題
政治司法の問題点 最近、司法のあり方に疑問を感じるようになった。 私はもともと、法治主義には否定的である。法による支配とは暴力による支配であり、これが帝国主義を促進してきた側面もあると考えている。私はこれに代わる政治理念として、徳治主義を提案している。これについては別の記事にゆずる。 たとえば先日、爆笑問題の太田光が... 2021.01.14政治仏教政治社会
IV. 恥の文化輪廻と主体性 宿業という言葉がある。前世の行いによって、今世における自分の状況が決定される、という考えである。貧乏な人は、前世で泥棒をしたからそうなったとか、飢餓に苦しむ人は、前世で食べ物を粗末にしたのだ、とか言われる。こういった話にどんな意味があるのだろうか。 ここにあるのは絶対的な主体性である。自分が置かれて... 2020.12.15IV. 恥の文化小論集5仏教
IV. 恥の文化ポスト・トゥルース 最近はフェイクニュースが流行っていて、人々は、どうすればだまされずにすむか、ということに興味を抱いている。また、ポスト・トゥルースという言葉もあって、もはや真実など必要ない、と考える人もいる。 だが、人間社会にフィクションが蔓延しているのは、いまに始まったことではなく、歴史の始まりから、人はフィクシ... 2020.12.08IV. 恥の文化小論集5仏教
IV. 恥の文化さとり さとりは一つの体験である、と言われることがある。それも間違いではないが、正確ではない。さとりとは、一つの認識である。それは非常に明瞭で、輪郭のくっきりしたものである。 たとえば、はじめは壺に見えるが、よく見ると人の顔にも見える、というだまし絵がある。一度それが見えてしまうと、壺と顔の両方が見えるよう... 2020.11.20IV. 恥の文化小論集5仏教
III. 国語の教育はいかにあるべきかダライ・ラマとは何か 化身ラマとチベットの国力 ダライ・ラマがチベットの国家元首となったのがいつのことなのか、私は知らない。彼は観音菩薩の化身とされ、死後は別の人間に生まれ変わる。そして高僧たちがそれを見つけ出し、次の国家元首に据える。これが化身ラマと呼ばれる、チベットの政治制度である。 思うに、この制度が意味することは... 2020.10.18III. 国語の教育はいかにあるべきか小論集5仏教思想